2008年12月06日 (土) | 編集 |
TV番組『たけしの日本教育白書2008』で動機の不明な殺傷事件や教育のことについてやっていたので、紹介しておきます。大まかなテーマは以下の通りです。各項目、コメントしていきます。
・トロッコ問題
・岡山駅ホーム突き落とし事件
・父親の役割
・ネットの短所・長所
・教育委員会の存在
・トロッコ問題:
番組の冒頭で<トロッコ問題>が出題されました。しかし唯一の答えがある問題ではありません。これは、イギリス人哲学者フィリッパ・フットの提案した、倫理学の思考実験です。
”あなたは線路のポイント切り替え器のそばに立っている。線路の先では5人の人間が工事をしている。そこへブレーキの壊れたトロッコが線路に沿って走ってきて、そのままいけばトロッコが5人をひき殺してしまう。一方、ポイントを切り替えてわき道にトロッコを誘導しても、その先にも一人の人間が作業をしている。トロッコと作業員は互いのことを気付いていない。そして声を掛ける時間的余裕もないとする。このときあなたはどうするか?”
はっきり言って私はこういう問題が大好きです。半年くらいはずっと考えているかもしれません。そのさきも人生の折々で思い浮かべるかもしれない。こういう問題は、答えが得られるということよりも、この問題を思いついたことにこそ大きな意味があります。
・岡山駅ホーム突き落とし事件:
動機不明の殺傷事件として<秋葉原17人無差別殺傷事件>(2008/06/08)、<八王子ビル通り魔事件>(2008/07/2)、<千葉軽トラ殺人事件>(2008/11/10)、<岡山駅ホーム突き落とし事件>(2008/03/25)が挙げられました。共通点として<犯人の親への不満>と<誰でもよかった>というのが挙げられていました。
ビートたけし:「犯人は親を人間扱いしている。だから困らせようとしているだけで、殺意は親には向かわない。他の人を人間扱いしていないから平気で殺せる。」(要約)
この中から<岡山駅ホーム突き落とし事件>を取り上げて、逮捕された18歳の少年の手記と、少年の父親のインタビューを紹介してました。
それによると少年の半生は次の通りです。小学校時代からいじめを受けていて、家の中で遊ぶようになった。(不登校ではなかった?)その後、農業の専門高校に進んだが、そこでも友人はできなかった。少年自身も手記で<私は12歳から何も変わっていないし、12歳で勇気というものをおいてきた>と述べています。高校時代、夏休みなどに外へ出るように仕向けたがだめだった。少年は東大・京大を目指して勉強に没頭した。<大学に受かればとりえが取れる。誰かに必要とされる>と少年の手記。しかしこの頃の父親の「もうがんばらんで。できる所でやったら」という言葉に、少年はむしろ見放されたと感じ、傷ついた。そうして少年は大学受験を諦めた。そして就職先が決まらない頃、父親に「勝手に自分のすきなところ(会社)を選んできたえろ」と言われ、少年は本当に孤独になったと感じた。そして事件を起こしたという。
この手記・インタビューから分かることは、宮台真司さんの言う<学校化>社会の弊害の実例が表されているということです。社会や地域が学校的価値観しか持っていないために、その学校からはじき出されると所属先を全く失ってしまう。それは<自尊心>を蓄える機会を失うということです。このことが少年の言う<12歳で勇気というものをおいてきた>ということでしょう。私の言葉では<心の栄養不足>です。こうした暮らしを続けると<脱社会的存在>になってしまいます。
また、高校時代にも同じ失敗をしてしまっています。少年が学校的価値観しかすがるものがなかったために、学力に不釣合いな東大・京大を目指すことになりました。それが自分の<自尊心>を獲得することになると思ったのでしょうが、しかしそれに失敗したことで大きな挫折を感じたことだと思います。
このような問題は、親や地域や社会が、<良い学校に行くことだけが人生じゃない>と口では言いつつ、それ以外の価値観を提示できていないことが大きいです。<そんなのは自分で見つけるべきだ>という反論もあると思いますが、しかしそれが出来ていないのが現代社会なのです。それでも一昔前は、祖父母や兄弟姉妹など、<自尊心の供給源>が何かしらありました。しかし現代のように核家族化が進んで、家(自室)の中だけで生活できるようになると、<自尊心>がなくても生きていけます。これが問題が発覚しにくい原因です。問題発覚は、<長い自尊心不足の後の、外部との接触時>に起こるのでしょう。私の言葉で言うと、長い<心の栄養不足>生活が続いた後に、いざ心を動かさなくなったときになって初めて動かないことに気付くということです。<突き落とし事件>もまさにこの時期に起きています。また、<新入社員が3年で辞める>という事例も、このことから来ているのではと私は思います。
たけし:父と子ではなく、女と男の関係のよう。男は女にけしかけられることでやる気を出す。でも、好きな女に弱い言葉をかけられてガックリくるってことがあるじゃない。男は、女が自分に夢中でなくなったと思ってガックリくる。(要約)
このたけしさんのコメントは優れた表現だと思います。私は男性は<狭く深く型>で、女性は<広く浅く型>という傾向があると漠然と考えています。そのため、男性(的役割の人)が従来と違う分野に出るときに、女性(的役割の人)が後押しするというのが絶妙な組み合わせなのだろうということです。たけしさんのコメントの<男/女>にこの理屈を当てはめると、すんなり納得できると思います。
たけし:あの言葉で傷つくかな。我々が子供のときはもっと酷い目に遭ってる。今は、あまりにも子供を無害に育てすぎる。家の中で栽培しただけじゃないか。(要約)
これも私が前回言った<未精製性>に関する話とリンクします。人間は<未精製的なもの>と接触することで成長します。しかし、今回の事件の少年は、その機会を全く奪われてきてしまったために、<脱社会的存在>になってしまった。しかし性急な決断を下してはいけないのが、<脱社会的存在=悪人>ではないということです。
では<脱社会的存在>の一部が犯罪を犯すのはどうしてなのか。よくメディアでは、一部の漫画やゲームの刺激的な表現が原因だなどと取り上げます。しかし宮台真司さんは(社会学は)、「そんな漫画・ゲームの影響はトリガーにすぎない。問題なのは、そのようなトリガーによって簡単に行動を起こしてしまう心的状態の方だ」と繰り返し訴えています。
では、この心的状態は何なのでしょうか。また、その原因には親や家庭の影響はあるのでしょうか。このことについて私は、<心の栄養状態>の理屈を応用して、<心のパイ>の喩えで説明できると考えてます。(食べ物のことばかり……。)

図中、面積の大きさが<色々の経験を積んで脳に多くの記憶が刻まれている度合>を表しています。<家庭>の影響は、今も昔もほとんど変わらないでしょう。これを<親>とした方が分かりやすいかもしれません。<その他>は<家庭>以外で経験することです。昔なら<学校>以外でも他にも色々経験することがありました。一方、現在では社会が<学校化>したために他の価値観は軽んじられているため、面積が減少していると思われます。そしてこのパイに含まれる様々な<具>が互いに干渉して、強めあったり弱めあったりしているのです。その結果現れるのが個人の性格であったり、行動様式であるわけです。
このような整理から言えることは、現在の<心のパイ>は面積が小さく、一つ一つの<具>の影響が相対的に強くなっているということです。そのため、<漫画・ゲーム>や<家庭>の影響が、すぐさま心全体に支配的に振舞うのです。これが<トリガー>に相当するのだと思います。だからこそ宮台さんは<多元的所属>を推奨しているのです。
このように<心のパイ>を思い浮かべると、<岡山駅ホーム突き落とし事件>の少年が犯行に至った経緯が全て繋がっていると考えられてきます。
続きは次回。
・トロッコ問題
・岡山駅ホーム突き落とし事件
・父親の役割
・ネットの短所・長所
・教育委員会の存在
・トロッコ問題:
番組の冒頭で<トロッコ問題>が出題されました。しかし唯一の答えがある問題ではありません。これは、イギリス人哲学者フィリッパ・フットの提案した、倫理学の思考実験です。
”あなたは線路のポイント切り替え器のそばに立っている。線路の先では5人の人間が工事をしている。そこへブレーキの壊れたトロッコが線路に沿って走ってきて、そのままいけばトロッコが5人をひき殺してしまう。一方、ポイントを切り替えてわき道にトロッコを誘導しても、その先にも一人の人間が作業をしている。トロッコと作業員は互いのことを気付いていない。そして声を掛ける時間的余裕もないとする。このときあなたはどうするか?”
はっきり言って私はこういう問題が大好きです。半年くらいはずっと考えているかもしれません。そのさきも人生の折々で思い浮かべるかもしれない。こういう問題は、答えが得られるということよりも、この問題を思いついたことにこそ大きな意味があります。
・岡山駅ホーム突き落とし事件:
動機不明の殺傷事件として<秋葉原17人無差別殺傷事件>(2008/06/08)、<八王子ビル通り魔事件>(2008/07/2)、<千葉軽トラ殺人事件>(2008/11/10)、<岡山駅ホーム突き落とし事件>(2008/03/25)が挙げられました。共通点として<犯人の親への不満>と<誰でもよかった>というのが挙げられていました。
ビートたけし:「犯人は親を人間扱いしている。だから困らせようとしているだけで、殺意は親には向かわない。他の人を人間扱いしていないから平気で殺せる。」(要約)
この中から<岡山駅ホーム突き落とし事件>を取り上げて、逮捕された18歳の少年の手記と、少年の父親のインタビューを紹介してました。
それによると少年の半生は次の通りです。小学校時代からいじめを受けていて、家の中で遊ぶようになった。(不登校ではなかった?)その後、農業の専門高校に進んだが、そこでも友人はできなかった。少年自身も手記で<私は12歳から何も変わっていないし、12歳で勇気というものをおいてきた>と述べています。高校時代、夏休みなどに外へ出るように仕向けたがだめだった。少年は東大・京大を目指して勉強に没頭した。<大学に受かればとりえが取れる。誰かに必要とされる>と少年の手記。しかしこの頃の父親の「もうがんばらんで。できる所でやったら」という言葉に、少年はむしろ見放されたと感じ、傷ついた。そうして少年は大学受験を諦めた。そして就職先が決まらない頃、父親に「勝手に自分のすきなところ(会社)を選んできたえろ」と言われ、少年は本当に孤独になったと感じた。そして事件を起こしたという。
この手記・インタビューから分かることは、宮台真司さんの言う<学校化>社会の弊害の実例が表されているということです。社会や地域が学校的価値観しか持っていないために、その学校からはじき出されると所属先を全く失ってしまう。それは<自尊心>を蓄える機会を失うということです。このことが少年の言う<12歳で勇気というものをおいてきた>ということでしょう。私の言葉では<心の栄養不足>です。こうした暮らしを続けると<脱社会的存在>になってしまいます。
また、高校時代にも同じ失敗をしてしまっています。少年が学校的価値観しかすがるものがなかったために、学力に不釣合いな東大・京大を目指すことになりました。それが自分の<自尊心>を獲得することになると思ったのでしょうが、しかしそれに失敗したことで大きな挫折を感じたことだと思います。
このような問題は、親や地域や社会が、<良い学校に行くことだけが人生じゃない>と口では言いつつ、それ以外の価値観を提示できていないことが大きいです。<そんなのは自分で見つけるべきだ>という反論もあると思いますが、しかしそれが出来ていないのが現代社会なのです。それでも一昔前は、祖父母や兄弟姉妹など、<自尊心の供給源>が何かしらありました。しかし現代のように核家族化が進んで、家(自室)の中だけで生活できるようになると、<自尊心>がなくても生きていけます。これが問題が発覚しにくい原因です。問題発覚は、<長い自尊心不足の後の、外部との接触時>に起こるのでしょう。私の言葉で言うと、長い<心の栄養不足>生活が続いた後に、いざ心を動かさなくなったときになって初めて動かないことに気付くということです。<突き落とし事件>もまさにこの時期に起きています。また、<新入社員が3年で辞める>という事例も、このことから来ているのではと私は思います。
たけし:父と子ではなく、女と男の関係のよう。男は女にけしかけられることでやる気を出す。でも、好きな女に弱い言葉をかけられてガックリくるってことがあるじゃない。男は、女が自分に夢中でなくなったと思ってガックリくる。(要約)
このたけしさんのコメントは優れた表現だと思います。私は男性は<狭く深く型>で、女性は<広く浅く型>という傾向があると漠然と考えています。そのため、男性(的役割の人)が従来と違う分野に出るときに、女性(的役割の人)が後押しするというのが絶妙な組み合わせなのだろうということです。たけしさんのコメントの<男/女>にこの理屈を当てはめると、すんなり納得できると思います。
たけし:あの言葉で傷つくかな。我々が子供のときはもっと酷い目に遭ってる。今は、あまりにも子供を無害に育てすぎる。家の中で栽培しただけじゃないか。(要約)
これも私が前回言った<未精製性>に関する話とリンクします。人間は<未精製的なもの>と接触することで成長します。しかし、今回の事件の少年は、その機会を全く奪われてきてしまったために、<脱社会的存在>になってしまった。しかし性急な決断を下してはいけないのが、<脱社会的存在=悪人>ではないということです。
では<脱社会的存在>の一部が犯罪を犯すのはどうしてなのか。よくメディアでは、一部の漫画やゲームの刺激的な表現が原因だなどと取り上げます。しかし宮台真司さんは(社会学は)、「そんな漫画・ゲームの影響はトリガーにすぎない。問題なのは、そのようなトリガーによって簡単に行動を起こしてしまう心的状態の方だ」と繰り返し訴えています。
では、この心的状態は何なのでしょうか。また、その原因には親や家庭の影響はあるのでしょうか。このことについて私は、<心の栄養状態>の理屈を応用して、<心のパイ>の喩えで説明できると考えてます。(食べ物のことばかり……。)

図中、面積の大きさが<色々の経験を積んで脳に多くの記憶が刻まれている度合>を表しています。<家庭>の影響は、今も昔もほとんど変わらないでしょう。これを<親>とした方が分かりやすいかもしれません。<その他>は<家庭>以外で経験することです。昔なら<学校>以外でも他にも色々経験することがありました。一方、現在では社会が<学校化>したために他の価値観は軽んじられているため、面積が減少していると思われます。そしてこのパイに含まれる様々な<具>が互いに干渉して、強めあったり弱めあったりしているのです。その結果現れるのが個人の性格であったり、行動様式であるわけです。
このような整理から言えることは、現在の<心のパイ>は面積が小さく、一つ一つの<具>の影響が相対的に強くなっているということです。そのため、<漫画・ゲーム>や<家庭>の影響が、すぐさま心全体に支配的に振舞うのです。これが<トリガー>に相当するのだと思います。だからこそ宮台さんは<多元的所属>を推奨しているのです。
このように<心のパイ>を思い浮かべると、<岡山駅ホーム突き落とし事件>の少年が犯行に至った経緯が全て繋がっていると考えられてきます。
続きは次回。
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